イベント



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見つけた気になる写真を公開するために

開設したものです。

今回のテーマはイベントです。

写真素材【PIXTAフォトライブラリーでも紹介されています。

  

 

渋谷おはら祭り

おはら祭は鹿児島で毎年開催される南九州最大の祭りです。
およそ250連2万5000人の踊り連が参加しています。渋谷区と
鹿児島市は姉妹都市であり昔から深いつながりがあります。近年渋谷区でも「渋谷おはら祭」として毎年5月に道玄坂及び文化通りを中心に2600人の踊り手がパレードを繰り広げます。

 

渋谷おはら祭

 

日野よさこい祭り

よさこい祭りは全国あちこちで開催されています。日野市においても毎年7月に開催されていましたが令和の時代から3月開催に変更になりました。

 

日野よさこい祭り

 

  

日野よさこい祭り

 

日野よさこい祭り

横田基地 日米友好祭

 

空中給油機 日米友好祭

 

輸送機 日米友好祭

  

日野新撰組祭り

新撰組ゆかりの地日野市で毎年5月に開催されるイベントです新撰組にゆかりのある全国の団体が参加します。

 

日野新撰組祭り

 

日野新撰組祭り

  

日野新撰組祭り



史跡、歴史



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今回は史跡、歴史の写真集です。

写真は 写真素材【PIXTA】フォトライブラリーでも

紹介しています。

 

旧陸軍浅川地下壕跡

地下壕は高尾駅の南西に、初沢川に沿った小山の山中に掘られています。規模的には総延長10kmにも及ぶかなり大きなもので、三か所存在します。
浅川地下壕は、当初、陸軍の軍需品備蓄倉庫でしたが、大東亜戦争の末期では零式戦闘機で有名な中島飛行機の地下工場に利用され、実際に戦闘機のエンジンが製造されていました。
地下壕はイ地区、ロ地区、ハ地区の3ブロックが造られました。しかし、このあたりの住宅開発の影響や、地下壕の老朽化などから、今ではイ地区だけが内部を公開されています。その他の地下壕は残っているのですが、住宅や施設の直下にあることから、市は崩壊しないように埋め戻したそうです。

写真は「ハ」地区です

  

旧陸軍浅川地下壕跡

 

旧陸軍浅川地下壕跡

 

米軍機銃掃射跡 高尾駅

今なお当時のまま残されている高尾駅1番線ホームの米軍戦闘機P-38の

機銃掃射跡です。近くにもう一ヶ所所あります。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 高尾駅2014-005_29_06_2019-1024x768.jpg です

 

大和田橋に残る米軍焼夷弾跡

甲州街道の浅川にかかる大和田橋に残されている焼夷弾跡です。この橋には両サイドの歩道にこのほかにも何か所も残されています。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 023_29_06_2019-1024x768.jpg です
キャプションを入力…

   

米軍第5空軍跡大型パラボラアンテナ 府中市

現在の航空自衛隊府中基地は1940年(昭和15年)に旧陸軍燃料廠として設置された施設でしたが、1945年(昭和20年)9月に米軍に接収されアメリカ軍施設としての使用が始まりました。 ここには米第五空軍司令部が駐留していましたが1974年に横田基地に移転しました。その時の使用設備が今でも残っています。写真のパラボラアンテナは当時の日本電気府中事業場電波応用事業部で製造されたものです。

 

日比谷見附跡

見附というのは、おもに城の外郭に設けられた警備のための城門のことで、江戸城には外堀(外濠)および内堀(内濠)に沿って、赤坂見附を含め36の見附がありました。その36の見附の中で、この日比谷御門だけが橋のない枡形門で、大名小路への出入り口でしたが、明治初期に撤去され、現在は石垣と塚跡が残っています。

 

日比谷松本楼

1903年に当時の東京市が現在の日比谷公園を開園するにあたり、銀座で食堂を経営していた小坂梅吉 が落札し、日比谷松本楼としてオープンしたのが始まりです。珍しい洋風レストランに人気が集まりました。 1923年に関東大震災により焼失し2代目松本楼がオープン。 その後 海軍省の将校宿舎 になったり、沖縄返還協定反対デモが日比谷公園内で激化し(日比谷暴動事件)、その中で中核派の投げた火炎瓶の直撃を受け、2代目建物も焼失の憂き目にあいました。3代目松本楼のオープンは1973年と再建に約2年を要した。これを機に10円カレーが始まったことは有名です。

 

日比谷松本楼

    

 

日比谷公園

日比谷公園は、東京都千代田区にある100年以上の歴史がある公園です。その始まりは1903年で、2013年に開園110周年を迎えました。明治30年代、まだ西洋式公園が浸透していなかった時代にドイツ留学から帰った本多静六博士の設計案をもとに整備されたのが、現在の日比谷公園のはじまりです。この公園の敷地は、幕末までは松平肥前守などの屋敷地でしたが、明治時代に陸軍の練兵場となりました。設計当初に作られた大小の野外音楽堂や公会堂は、当時としてはとても目新しいもので、現在でも広く利用されています。

 

日比谷公園

 

法務省旧本館

 

法務省旧本館

法務省旧本館は、千代田区霞が関にある歴史的建造物(重要文化財)です。 1895年に竣工したドイツ・ネオバロック様式の建物です。基本設計は建築顧問官を務めていたドイツ人建築家「ヘルマン」とされています。 中央合同庁舎6号館赤れんが棟ともいわれています。

  

日枝神社

江戸城の鎮守と され 江戸三大祭りの一つ、山王祭が行われます。御祭神は 大山咋神(おおやまくいのかみ) です。

 

日枝神社

  

 

日枝神社

 

赤坂豊川稲荷

大岡越前守忠相が豊川稲荷から吒枳尼天(だきにてん)を勧請し、屋敷稲荷として自邸で祀ったのを由来とされています。大岡家では、三河時代より豊川稲荷を信仰していたといわれ、越前守の時に、江戸の下屋敷に吒枳尼天を勧請して祀ったといわれます。その後、大岡家の下屋敷が赤坂一ツ木に移転となり、豊川稲荷も引き続き移転先の屋敷で祀られました。 明治20年(1887年)、大岡邸の一角では手狭になり、堂宇の新・増築も困難であることなどから、現在地(元赤坂一丁目)に移転しました。

 

赤坂豊川稲荷

  

皇居桜田門

桜田門外の変で有名な桜田門です。 1860年3月24日に江戸城に登城するため、大老の井伊直弼の大名行列が桜田門まであと400mほどのところで、水戸浪士17人と、薩摩浪士1人により襲撃された事件です。

 

皇居桜田門

 

皇居桜田門

 

皇居桜田門

  

皇居桜田門

  

皇居お堀

   

皇居 和田倉橋 和田倉門

現在の和田倉橋がかかっている地区は、江戸時代以前は漁業が盛んな東京湾の入江に面していました。江戸時代の初期に海面が埋め立てられ、江戸城へ生活物資を運ぶための荷揚場や倉庫が置かれるなど、海上輸送の拠点になっていました。その頃お濠に和田倉橋が架かり、和田倉門が設けられました 。

   

皇居前広場 二重橋前

   

皇居前広場 二重橋前

 

赤坂 迎賓館

 

東京駅丸の内南口

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旧近衛師団司令部庁舎

近衛師団は、大日本帝国陸軍の師団の一つです。一般師団とは異なり、最精鋭かつ最古参の部隊として天皇と皇居を警衛する任務にあたりまた儀仗部隊としての任務にあたっていました。 最終的には近衛第1師団近衛第2師団近衛第3師団 の3個近衛師団が編成されました。 現在は警察組織である皇宮警察本部がそれらの役割を担っています。

 

旧近衛師団司令部庁舎

床下空気取り入れ口に配してある五芒星のマーク。五芒星を魔除けとし利用しているのは、世界中で見られる傾向ですが、これは西洋魔術の流れをくむ五芒星だけではなく、陰陽五行の五大元素の五芒星としても同じように用いられています。それはあの安倍晴明が、陰陽道で五芒星を魔除けとして用いた例をみても、明らかです。旧陸軍の帽子や襟章など随所に使用されていました。

 

旧近衛師団司令部庁舎

 

歴史街道 国分寺市

JR西国分寺駅南口から続く歴史街道です。

 

休憩所 歴史街道 国分寺市

 

山下公園 氷川丸

氷川丸は、日本郵船が1930年に竣工させた長さ163メートル、12,000トン級の貨客船です。北太平洋航路で長らく運航されていました。太平洋戦争では病院船として運用されていました。戦前より唯一現存する日本の貨客船であり、船内のインテリアなども含めて貴重な産業遺産であるため、国の重要文化財に指定されています。船内は入船料300円で見学できます。

  

 

氷川丸 見学搭乗口

 

山下公園通り

 

横浜馬車道通り

1859年に幕府が当時100戸程度の寒村であった横浜村に開港場を開き、ほぼ同じ時期に東海道と 開港場を結ぶ重要なバイパスとして古道「横浜道」が完成しました。その横浜道の起終点となる吉田橋に関門が設置され、関門の内側(海側)が関内、外側は関外と呼ばれるようになりました。この吉田橋の関門から開港場に至る道が馬車道と呼ばれています。開港当時、馬車道には多くの日本人と 外国人が行き交っていました。そこは外国と日本の商取引を行う商社や金融の業務街、経済的な中心地であり、貿易商 や書画骨董などを取り扱う商店が立ち並ぶ国際街として賑わっていました。多くの外国人達がこの道を馬車で往来しており当時の人々にはその姿がとても珍しく、この道が「馬車道」と呼ばれるようになったと言われています。

横浜馬車道通り

  

馬車道通り

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多摩御陵 八王子市

大正天皇、昭和天皇が眠る墓地です。またパワースポットとして人気もあります。パワーの強さは明治神宮以上と言われています。ちなみに明治神宮は明治天皇が祀られています。昭和天皇陵ができてから武蔵陵墓地と改名されましたが古くからの呼び名、多摩御陵といわれることが多いです。八王子八十八景にも選ばれる景色のきれいな広々とした敷地にあります。

 

多摩御陵 八王子市

  

多摩御陵参道

  

多摩御陵参道

 

昭和天皇武蔵野稜

 

大正天皇 多摩御陵

 

多摩御陵参道

  

多摩御陵警備派出所

  

神奈川台場跡 横浜市

神奈川台場は、横浜市神奈川区にある、江戸末期に勝海舟により設計され伊予松山藩が築造した台場です。

 

金井原古戦場跡 小金井市

小金井街道を南に下ると、霊園通りとの三叉路にぶつかります。その三角の突端にたたずむのが写真の金井原古戦場跡の碑です。
 南北朝時代の正平七年(1352)、南朝方新田義貞の子義宗、義興と北朝方足利尊氏が金井原(現在前原町南部)から人見原(現在府中市)にかけて戦いが繰り広げられました。

   



立川市の写真集



 

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今回は立川市の写真集です。

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立川防災航空祭

立川市に所在する東部方面航空隊本部が置かれている、陸上自衛隊 立川駐屯地で毎年9~11月に開催されます。令和元年は11月9日に開催されます。
内容は、自衛隊、消防、警察などが参加して防災訓練展示や飛行展示、装備品・防災展示などが行われています 。

 

立川防災航空祭

  

立川防災航空祭

  

立川防災航空祭

  

立川防災航空祭

 

立川防災航空祭

 

有料自転車置き場 立川駅南口

 

多摩モノレール

   

多摩モノレール

多摩地域を縦断するモノレールです。現在東大和市の上北台駅と多摩市の多摩センター駅間が運行されていますが延伸計画として 上北台駅から瑞穂市の箱根ヶ崎方面、多摩センター駅から町田・八王子方面への延伸が検討されています。元々鉄道空白地帯だった地域とターミナル駅間の輸送を主力としていますが、接続する鉄道が事故等で遅延・運休した際には、代替経路として振替輸送に利用されています。特に記憶に新しいのは東日本大震災で他の交通機関が全線停止しているにもかかわらず多摩モノレールだけが運航していたのは驚きでした。

 

多摩モノレール 立川北駅

 

旧甲州街道 立川市柴崎体育館

多摩川の日野の渡し場に続く旧甲州街道です。

 

日野の渡し場 立川側

日野の渡しは、現在の立日橋付近で柴崎(立川市)と日野を結んでいた多摩川の渡しです。江戸時代初期は農耕のための作場渡しとして利用されていました。

 

線路 JR立川駅

 

多摩モノレール

 

多摩モノレール

 

多摩モノレール

 

多摩モノレール

 

多摩モノレール

 

多摩モノレール

 

多摩モノレール

 

立日橋 多摩モノレール 

多摩川にかかる立川市と日野市を結ぶ橋です。下は一般道路になっています。

 

ファーレ立川アートストリート

立川駅北口周辺の一角ではこの街を森にみたてて、森に息づく小さな生命(妖精)をアートととらえるコンセプトが生まれました。
森に棲むさまざまな生命の鼓動のように、ここには多くのアートが点在します。36ヵ国92人のアーティストによる109点の作品があります。

ファーレ立川アートストリート

 

ファーレ立川アートストリート



令和元年



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今回は令和元年に関係する写真を特集しました。

写真素材【PIXTA】でも紹介されています。

  

令和元年 赤坂通り

昭和30年代初頭から昭和55年頃までの赤坂は銀座と並ぶ高級な繁華街として栄華を極め、高級料亭、キャバレー、ナイトクラブ、ゴーゴークラブなどが多く集まっていました。永田町に隣接しているため国会議員のお客の多いところです。ナイトクラブは韓国系の経営者が多く夜の赤坂通は韓国語が飛び交っています。露天商などもほとんど韓国系の方々がやっています。露店で売っているスポーツ新聞は日本のものとデザインや配色がまったくおなじで当初日本のスポーツ新聞と勘違いしました。本国の当日の新聞が販売されています。

  

令和元年 赤坂通り

  

令和元年 赤坂通り

  

令和元年 国会議事堂

国会議事堂は 1936年に帝国議会議事堂として東京都千代田区永田町一丁目に建設されました。 建物は左右対称形を成しており、正面に向かって左側に衆議院、右側に参議院が配置され ています。

  

令和元年 国会議事堂

  

令和元年 国会議事堂

  

令和元年 国会議事堂

  

令和元年 国会議事堂

  

国会議事堂

  

令和元年 首相官邸

日本において「官邸」という名がつく施設はこの「総理大臣官邸」だけです。 現在の官邸は2002年(平成14年)4月22日から使用されています。(建設は1999年から2002年まで行われ、2002年に旧官邸より官邸機能を移行しました。) 地上5階、地下1階の鉄骨鉄筋コンクリート構造で、震度7にも耐えられる構造になっています。最上階になる5階には内閣総理大臣、副総理(必要時に任命)、内閣官房長官、内閣官房副長官の執務室、4階には閣議室、内閣執務室、特別応接室が置かれ、この2層に執務機能が集中しています。3階は事務室と玄関ホール、2階にはレセプションホール(大小のホール)と貴賓室が設けられています。1階は記者会見室や記者クラブなど広報関係の施設があります。地階は危機管理センターとなっており内閣府へとつながっている地下トンネルがあります。



 

令和元年皇居前広場

皇居前広場は、昭和22年に国民公園となり、一般市民に公開されました。 徳川時代には、この広場一帯には老中職など幕府重臣の屋敷地が立地していました。現在の形に整備されたのは明治39年、日露戦争の凱旋記念を契機にしてのことです。 以来、戦前の時代を通じて、観兵式などの国家的式典の舞台となっていました。 年に2回催される一般参賀の際には、人々はこの広場から二重橋を渡って皇居内に入り新宮殿において 天皇のご挨拶を受けます 。

 

令和元年皇居

 

 

皇居 和田倉橋

和田倉門は1620年(元和6年)の改築で東北の諸大名により枡形が構築されました。その前にかかる橋が和田倉橋です。 皇居のお濠に架かる橋で江戸時代の「木橋」の姿が残されているのは、この「和田倉橋」と「平川橋」のみです。

 

令和元年皇居前広場

 

令和元年皇居前広場

 

法務省旧庁舎

赤れんが棟は,ドイツ人建築家ベックマンとエンデ両氏の設計により7年余りの歳月を費やして明治28年12月,司法省として竣工されました。その後,戦災のため焼失したため,昭和23年から同25年にかけて復旧工事を行いました。平成6年12月27日には重要文化財に指定されました。

  

東京駅

東京の表玄関というべきターミナル駅です。 赤レンガ造りの丸の内口駅舎は辰野金吾らが設計したもので、1914年に竣工、2003年に国の重要文化財に指定されています。「関東の駅百選」の認定駅になっています。2007年 丸の内地区の高層ビル建て替え事業と並行して、東京駅の復原工事が行われることとなり2012年(平成24年)10月1日に現在の駅舎が完成しました。

 

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靖国神社

靖國神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社しょうこんしゃがはじまりです。国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊みたまを慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれています。その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々なども同様に祀られています。多くの方々の神霊が、身分・勲功・男女の区別なく、祖国に殉じられた尊い神霊(靖國の大神)として一律平等に祀られているのは、靖國神社の目的が「国家のために一命を捧げられた方々の霊を慰め、その事績を後世に伝えること」にあるからです。靖國神社に祀られている246万6千余柱の神霊は、「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」であるということです。

 

旧近衛師団司令部庁舎

この建物は、明治43年(1910年)3月、陸軍技師 田村鎮(やすし)の設計により、近衛師団司令部庁舎として建築されました。2階建煉瓦造で、正面中央の玄関部に小さな八角形の塔屋をのせ、両翼部に張り出しがある簡素なゴシック様式の建物です。日本人技術者が設計した現存する数少ない遺構として重要な文化財です。昭和47年(1972年)10月に外壁、玄関および階段ホールが重要文化財に指定されました。屋根は大正12年(1923年)の関東大震災後の桟瓦葺から建設当初のスレート葺きに復元されました。



横浜元町

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このブログは横浜元町の写真を特集したものです。

写真素材【PIXTA】フォトライブラリーでも紹介されています。

但し黒文字タイトルの写真は紹介されておりません。

 

横浜元町

1859年の横浜開港までは半農半漁の村でしたが、1860年2月の横浜開港に伴って立ち退いた旧横浜村の住民がこの地に移住したことで「横浜元町」と呼ばれるようになりました。明治維新の頃には外国人向けの商店街として栄え、「元町」と改称されました。 開港後の山下町に外国人居留地が、山手に山庭園居留地がそれぞれ設けられ、両地区を結ぶ場所にあった元町通りは、居留者らが日常的に多く行き交うところとなり、外国人を相手にした商売が盛んに行われるようになりました。明治以降居留者がさらに増え、ベーカリーショップや女性に人気のニューファッションショップ「元町ゼラール」などの洋服店、洋風家具店などが軒を連ね、文明開化を支えました。これが今の元町商店街の原型となっています。

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横浜元町入口

 

元町商店街

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元町商店街

 

元町商店街

 

元町商店街



元町入口

横浜 関内



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今回は横浜関内の写真集です。

写真は 写真素材【PIXTA】フォトライブラリーでも

紹介されています。  

 

馬車道通り

  

馬車道駅 みなとみらい線

みなとみらい線は東急東横線と横浜駅にて相互直通運転を行い、運行体系も一本化されています(さらに東急東横線は東京メトロ副都心線を経由して、東武東上線および西武有楽町線・西武池袋線に直通しています)

  

馬車道通り

馬車道通りは関内の桜木町寄りにあります。この道路は、幕末に開港したことから始まりました。幕府は横浜を開港させ、「吉田橋」に関門を設けました。そのときできた関門に開港場側から至る道が馬車道です。煉瓦で舗装された道や実際にガスを燃やしているガス灯の街路灯など、当時の面影を感じさせる物が設置されています。また、関内には近代洋風建築が残っており、この馬車道にも何棟か残っています。

  

馬車道通り

  

馬車道通り

  

馬車道通り

  

馬車道通り

  

馬車道通り

  

馬車道通り

  

馬車道通り

 

コインパーキング横浜市中区

  

馬車道通り

  

馬車道通り

  

馬車道通り 神奈川県立歴史博物館

神奈川県の歴史に関する博物館です。馬車道に面しています。最寄り駅はみなとみらい線の馬車道駅です。 1968年(昭和43年)に神奈川県立博物館として開館。横浜で貿易商をしていた丹波恒夫の浮世絵コレクション6000点以上などを所蔵しています。 建物は、歴史主義建築に属する明治30年代における代表的なドイツの近代洋風建築の影響を強く受けた建造物です。

  

馬車道通り

  

馬車道通り

 

横浜スタジアム

横浜DeNAベイスターズの本拠地として使用されています。 1978年3月、老朽化した横浜公園平和野球場の跡地に竣工。同年より、川崎球場(現:川崎富士見球技場)から移転した横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)の本拠地と なっています。

 

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弁天通り

  

神奈川県立歴史博物館

神奈川県立歴史博物館は、旧横浜正金銀行の本店として1904(明治37)年に建てられたネオ・バロック様式の旧館部分と、1967(昭和42)年の神奈川県立博物館の開館にあたり増築された新館部分とからなっています。旧館部分の外観は建築当初の姿をそのまま残し、1969(昭和44)年に国の重要文化財の指定を受けています。さらに、1995(平成7)年には、近代における我が国の産業経済の発展を支えた重要な遺跡として、国の史跡指定を受けました。

みなとみらい地区(その2)



 

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今回はみなとみらい地区(その2)の写真集です。

写真は 写真素材【PIXTA】フォトライブラリーでも

紹介されています。

 

大型客船 大さん橋

岸壁の長さ450mの大型さん橋です。長さ300m級の大型客船が両サイドに同時2隻着岸できます。写真奥は長さ290m、115,875トンのイギリス船籍のダイヤモンドプリンセスと手前は日本最大級の飛鳥Ⅱ長さ240m,50,142トンが同時入港した時の写真です

  

大型客船

  

大型客船

  

大さん橋

岸壁の長さ450mの大型さん橋です。長さ300m級の大型客船が両サイドに同時2隻着岸できます。

  

大型客船

  

飛鳥Ⅱ 大さん橋

  

飛鳥Ⅱ

  

象の鼻パーク

開港150周年を記念してオープンした開放感抜群の公園です。開国博Y150マスコットキャラクター「たねまる」を御影石で復元した記念碑もあります。
アートスペースを兼ね備えたレストハウス「象の鼻テラス」ではイベントなどの文化プログラムを定期的に開催しています。

  

タグボート

  

大さん橋

岸壁の長さ450mの大型さん橋です。長さ300m級の大型客船が両サイドに同時2隻着岸できます。写真は奥が長さ290m、115,875トンのイギリス船籍のダイヤモンドプリンセスと日本最大級の飛鳥Ⅱ長さ240m,50,142トン(手前)が同時入港した写真です

  

  

大型客船

岸壁の長さ450mの大型さん橋です。長さ300m級の大型客船が両サイドに同時2隻着岸できます。写真は奥が長さ290m、115,875トンのイギリス船籍のダイヤモンドプリンセスと日本最大級の飛鳥Ⅱ長さ240m,50,142トン(手前)が同時入港した写真です

  

大型客船

  

港湾局マンホール

 

 

みなとみらい地区

  

みなとみらい地区

 

みなとみらい地区

  

臨港パーク

 

臨港パーク

臨港パークは、みなとみらい地区の最大緑地です。広々とした芝生広場、潮入りの池、ゆるやかにカーブする水際線やみなとみらい地区のビル群を望むベストスポットのアーチ橋、公園内を華やかに飾るオブジェなど、見所満載の憩いのスペースです。

 

臨港パーク

  

臨港パーク

 

みなとみらい地区

 

みなとみらいぷかりさん橋

1991年、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル・パシフィコ横浜の正面(海側)に日本初の浮体式ターミナルとしてオープンしました。正式名称は「みなとみらい桟橋・海上旅客ターミナル」です。また浮体式のため、桟橋だけでなくターミナルの建物も海上に浮いており、正確には船舶(係留船)という扱いになっています。ぷかりさん橋の名称は全国公募によるもので、桟橋が浮体式の構造であることから付けられました。

 

みなとみらい地区

 

シーバス

横浜駅東口乗り場からベイエリアの名所を海から眺めながら横浜の主要観光地を移動できる海上バスです。ちなみに海上のバスを表す「SEA BUS」ではなく、横浜駅東口(帷子川)河口の淡水と海水域を行き来していることから、魚のスズキの意味である「SEA BASS」と表記しているそうです。

 

みなとみらいコスモワールド

よこはまコスモワールドは、みなとみらい地区にある都市型遊園地です。高さ112.5m、480人乗りの世界最大級の観覧車「コスモクロック21」がシンボルになっています。入園無料の園内には約30種類のアトラクションがそろっています。「ワンダーアミューズ・ゾーン」「ブラーノストリート・ゾーン」「キッズカーニバル・ゾーン」の3つのゾーンからなり、ジェットコースターや急流すべりも楽しめます。みなとみらい21地区の中心に位置しています。

 

みなとみらいコスモワールド

 

みなとみらいコスモワールド

 

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みなとみらいコスモワールド

 

みなとみらいコスモワールド

  

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コスモワールド

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コスモワールド

 

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みなとみらい地区

 

みなとみらい地区

 



みなとみらい地区 (その1)



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今回はみなとみらい地区(その1)の写真集です。

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国土交通省専用埠頭

 

水陸両用車発着所

水陸両用車は 日本丸メモリアルパークの乗車場所からスタートをして関内地区やみなとみらい地区(横浜税関や横浜赤レンガ倉庫、コスモワールドなど)の街並みを見ながら陸上を走行します。その後写真にあるスロープからそのままバスを乗り換えることなく進水して大桟橋付近まで海上を航行します。進水はそのまま通常スピードで突っ込むので水しぶきが思いっきり上がり圧巻です。スロープから再上陸して、日本丸メモリアルパーク内で降車という50分のコースとなっています。乗船料は大人3500円です。

 

水上バス

 

水上バス乗り場

 

汽車道

汽車道は、桜木町駅前と新港地区とを結ぶ、鉄道廃線跡を利用して1997年に開通したプロムナードです。 汽車道は元々、1911年(明治44年)開通の旧横浜駅と新港埠頭を結ぶ臨港線の廃線跡を利用し、その一部にあたる約500mの区間をレールレールも残した上で緑地として整備したものです。 他にも赤レンガ倉庫開港の丘を結ぶ新港橋にも残っています。

 

汽車道

  

汽車道

   

汽車道 新港橋

 

汽車道 新港橋

 

汽車道

 

汽車道

 

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汽車道

 

アメリカ橋

アメリカ橋は渋谷区の恵比寿にも同名でありますがこちらのアメリカ橋は1907年(明治40年)に、港2号橋梁とともにアメリカペンシルベニア州にあるアメリカンブリッジで製作されたトラス橋です。1909年(明治42年)に当時の鉄道院により架設された[ものです。

 

運河口

  

みなとみらい大橋

みなとみらい大橋は横浜駅東口からみなとみらい地区に入る玄関口の一つとなっています。横浜市西区と神奈川区の区境に位置し、雛子川下流の港湾部に架かる橋です。みなとみらい大通りの一部となっており、車道の他に歩道および自転車レーンも整備されています。 歩道が広くとられており、自転車走行レーンも確保されています。また、橋上はみなとみらい地区ポートサイド地区の景色を見渡せるので絶好のビュースポットとなっています。

  

運河

 

神奈川台場跡

神奈川台場は、横浜市神奈川区にある、江戸末期に勝海舟により設計され伊予松山藩が築造した台場です。

 

 

帆船日本丸メモリアルパーク

みなとみらい地区(23街区の一部)にある帆船日本丸を中心にした同地区で最初に整備された公園です。展示施設として帆船日本丸および展示ドック、海事博物館の横浜みなと博物館があります。日本丸展示ドックは国の重要文化財に指定 されています。

 

帆船日本丸

1930年(昭和5年)兵庫県神戸市の川崎造船所で進水。その美しい姿から、「太平洋の白鳥」や「海の貴婦人」などと呼ばれていました。日本丸は約半世紀にわたり活躍し、1984年(昭和59年)に引退しました。今は航海練習船としての役割は日本丸II世が引き継いでいます。姉妹船として海王丸があります。2017年(平成29年)9月に国の重要文化財に指定されました。 現在、みなとみらい21地区の「日本丸メモリアルパーク」内で展示・公開されています。

 

帆船日本丸

 

帆船日本丸

 

帆船日本丸

 

帆船日本丸

 

帆船日本丸

 

帆船日本丸



帆船日本丸

 

 

帆船日本丸メモリアルパーク

  

帆船日本丸メモリアルパーク

 

帆船日本丸メモリアルパーク

  

帆船日本丸メモリアルパーク

  

みなとみらい地区

 

汽車道

汽車道は、桜木町駅前と新港地区とを結ぶ、鉄道廃線跡を利用して1997年に開通したプロムナードです。1911年 (明治44年)開通の旧横浜駅と新港埠頭を結ぶ臨港線の廃線跡を利用し、その一部にあたる約500mの区間をレールも残した上で緑地として整備したものです。 他にも赤レンガ倉庫開港の丘を結ぶ新港橋にも残っています。

  

汽車道

  

みなとみらい地区 汽車道

  

汽車道

  

みなとみらい地区

 

コスモワールド

よこはまコスモワールドは、みなとみらい地区にある都市型遊園地です。高さ112.5m、480人乗りの世界最大級の観覧車「コスモクロック21」がシンボルになっています。入園無料の園内には約30種類のアトラクションがそろっています。「ワンダーアミューズ・ゾーン」「ブラーノストリート・ゾーン」「キッズカーニバル・ゾーン」の3つのゾーンからなり、ジェットコースターや急流すべりも楽しめます。みなとみらい21地区の中心に位置しています。

 

コスモワールド

 

コスモワールド

 

コスモワールド

 

汽車道アメリカ橋

 

横浜港

横浜港は、横浜市にある広大な港です。港湾管理者は横浜市です。その広さは鶴見区沖合より金沢区八景島の辺りまで7,315.9ヘクタールの広さをに及びます。国土交通省より「国際コンテナ戦略港湾」の指定を受けています。日本3大貿易港。

 

横浜港

 

横浜港

 

水陸両用バス みなとみらい地区

水陸両用バスは日本丸メモリアルパークの乗車場所からスタートをして関内地区やみなとみらい地区(横浜税関や横浜赤レンガ倉庫、コスモワールドなど)の街並みを見ながら陸上を走行します。その後スロープからそのままバスを乗り換えることなく進水して大桟橋付近まで海上を航行します。進水はそのまま通常スピードで突っ込むので水しぶきが思いっきり上がり圧巻です。スロープから上陸して、日本丸メモリアルパーク内で降車という50分のコースとなっています。乗船料は大人3500円です。

  

大型客船 大さん橋 みなとみらい地区

 

水先案内船 みなとみらい地区

  

運河 みなとみらい地区

 

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横浜赤レンガ倉庫周辺



このブログは元訪問販売員のfujigenが営業活動中に

見つけた気になる写真を公開するために開設したものです。

今回は赤レンガ倉庫周辺の写真集です。

写真は 写真素材【PIXTA】フォトライブラリー でも

紹介されています。

  

第3管区海上保安部 巡視船「あきつしま」

第三管区には、海保で唯一となるレスキュー隊の羽田特殊救難基地や機動防除隊を設置しており、管区内の事案に際して出動するほか、日本全国にも派遣されています。 世界有数の混雑海域である東京湾の他、海の難所である鹿島灘・遠州灘、相模灘を管轄監視しています。当管区の巡視船「あきつしま」にパラオ諸島で天皇陛下がご宿泊されたことは有名です。写真は「あきつしま」(船長150m、6500トン、ヘリコプター2機搭載)です。

    

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赤レンガ倉庫

横浜赤レンガ倉庫は、明治政府によって保税倉庫として建設され、建設当時の正式名称は横浜税関新港埠頭倉庫です1号館は1913年に竣工、 2号館は1911年に竣工しました。保税倉庫としての役割は1989年までに終え、しばらく放置されていました。2002年に、1号館は展示スペース、ホールなどの文化施設、2号館は商業施設となり、付近一帯は赤レンガパークとして整備されました。横浜みなとみらい地区の代表的な観光施設となっています。

  

赤レンガ倉庫

 

赤レンガ倉庫

 

赤レンガ倉庫

  

赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

横浜港

横浜港は、横浜市にある広大な港です。港湾管理者は横浜市です。その広さは鶴見区沖合より金沢区八景島の辺りまで7,315.9ヘクタールの広さをに及びます。国土交通省より「国際コンテナ戦略港湾」の指定を受けています。日本3大貿易港。

 

横浜港

 

横浜港ベイエリア

 

横浜港ベイエリア

 

横浜港ベイエリア

 

横浜港ベイエリア

 

横浜港

  

大型客船 大さん橋 横浜港

岸壁の長さ450mの大型さん橋です。長さ300m級の大型客船が両サイドに同時2隻着岸できます。写真は長さ290m、115,000トンのイギリス船籍のダイヤモンドプリンセス、手前側が日本最大級の飛鳥Ⅱ、長さ240m、50,142トンです。

 

象の鼻パーク

開港150周年を記念してオープンした開放感抜群の公園です。開国博Y150マスコットキャラクター「たねまる」を御影石で復元した記念碑もあります。
アートスペースを兼ね備えたレストハウス「象の鼻テラス」ではイベントなどの文化プログラムを定期的に開催しています。

  

  

水陸両用車

日本丸メモリアルパークの乗車場所からスタートをして関内地区やみなとみらい地区(横浜税関や横浜赤レンガ倉庫、コスモワールドなど)の街並みを見ながら陸上を走行します。その後写真にあるスロープからそのままバスを乗り換えることなく進水して大桟橋付近まで海上を航行します。進水はそのまま通常スピードで突っ込むので水しぶきが思いっきり上がり圧巻です。スロープから再上陸して、日本丸メモリアルパーク内で降車という50分のコースとなっています。乗船料は大人3500円です。

  

汽車道

汽車道は、桜木町駅前と新港地区とを結ぶ、鉄道廃線跡を利用して1997年に開通したプロムナードです。1911年 (明治44年)開通の旧横浜駅と新港埠頭を結ぶ臨港線の廃線跡を利用し、その一部にあたる約500mの区間をレールも残した上で緑地として整備したものです。 他にも赤レンガ倉庫開港の丘を結ぶ新港橋にも残っています。

 

汽車道

  

汽車道

   

汽車道 新港橋

 

汽車道 新港橋

 

汽車道

 

汽車道

 

汽車道

 

アメリカ橋 汽車道

アメリカ橋は渋谷区の恵比寿にも同名でありますがこちらのアメリカ橋は1907年(明治40年)に、港2号橋梁とともにアメリカペンシルベニア州にあるアメリカンブリッジで製作されたトラス橋です。1909年(明治42年)に当時の鉄道院により架設された[ものです。

 

汽車道

  

汽車道

  

みなとみらい地区 汽車道

  

汽車道

  

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横浜市山手地区写真集 その3

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このブログは元訪問販売員のfujigenが営業活動中に

見つけた気になる写真を公開するために開設したものです。

今回は横浜山手地区(その3)の写真集です。

写真は 写真素材【PIXTA】フォトライブラリー でも紹介されています。

  

イタリア山庭園 ブラフ18番館

ブラフ18番館は関東大震災後に山手町に建てられたオーストラリアの貿易商バウデン氏の住宅でした。戦後は現カトリック横浜司教区の所有となり、カトリック山手教会の司祭館として平成3(1991)年まで使用されていました。同年に横浜市が寄付を受け、山手イタリア山庭園内に移築復元し、平成5(1993)年から一般公開しています。 入館料無料。

  

イタリア山庭園 ブラフ18番館

  

山手イタリア山庭園 小さな西洋館の丘

  

イタリア山庭園 ブラフ18番館

  

イタリア山庭園 ブラフ18番館

  

イタリア山庭園 ブラフ18番館

 

    

イタリア山庭園 ブラフ18番館

 

横浜地方気象台

外国人墓地の向かい側に、ブラフ積みの石垣があります。ここに横浜地方気象台があります。庁舎は「あゆみ棟」と呼ばれる1927年の建物です。「風の塔」として親しまれる測風塔には時計が2つあり、昭和初期のモダニズム建築で、アールデコ的もしくは、クラシック的造形の玄関周り、三段に沈むフリーズ的装飾の窓があります。
そして当時のままの板張りのロビーや、階段手すりと大きな柱時計(阿部式電気時計)が出迎えてくれます。
このブラフ積みの石垣と「あゆみ棟」は、2005年11月1日に横浜市の有形文化財に指定されました。 見学料無料。

 

公衆電話機 山手地区

 

イギリス館

1937年に英国総領事公邸として建築されました。明るく開放的な設計と高い天井や重厚なドア、美しい寄せ木の床面など、当時の王室の威厳を感じることができます。 1990年には、横浜市指定文化財に指定されました。 みなとみらい線「元町・中華街」駅下車 6番出口アメリカ山公園口から徒歩6分 。入館料無料。

 

大佛次郎記念館

大佛次郎記念館は港の見える丘公園に隣接した位置にあります。大佛次郎の没後、遺族より蔵書や愛用品などの寄贈を受けた横浜市がそれらを収める施設として、大佛次郎の作品「霧笛」や「帰郷」の舞台となった、横浜市の山手に記念館を建設、1978年(昭和53年)5月1日に開館しました。館内には大佛次郎が収集した文献や雑誌、執筆のための素材や愛用品など、大佛次郎に関する様々な資料が展示されています。入館料大人200円。

  

港の見える丘公園

この一帯は開港当時外国人居留地で、丘の上にイギリス軍、下にフランス軍が駐屯していた場所だそうです。
昭和37年5月に平野愛子さんの歌う「港が見える丘」のメロディーの中、公園の生みの親ともいうべき半井市長のテープカットにより風致公園として開園しました。以来、フランス領事館跡地のフランス山地域、イギリスの総領事官邸であったイギリス館、昭和53年に大仏次郎記念館、昭和59年に近代文学館など文化の香り高い施設が次々とオープン。また同年に人形の家とフランス山を結ぶフランス橋が開通、昭和61年10月には大仏次郎記念館と近代文学館を結ぶ霧笛橋が両館と同じ浦辺鎮太郎氏の設計により開通しています。 山手の観光コースからは外せない公園。展望台から眼下に広がる港や横浜ベイブリッジの風景は最高です。

 

代官坂

「代官坂」は、元町商店街から南の西洋館エリアまで南北にのびる坂道です。かつては「箕輪坂」という名前でしたが、横浜村の名主・石川徳右衛門がこの地に住んでいたことから「代官坂」と呼ばれるようになりました。

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